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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)493号 決定

抗告人 染谷さとみ 外一七名

被抗告人 国 外四名

主文

一、原決定中抗告人染谷さとみ、同染谷平三郎、同染谷澄子、同二宮裕子、同二宮一郎、同二宮幸子、同林千里、同林和夫、同林富美子、同内田麻子、同内田耕介、同内田恭子らに関する部分を取消す。

東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第八、九六四号事件について右抗告人らに対し訴訟上の救助を付与する。

二、抗告人友田英子、同友田城太郎、同友田昭子、同米良律子、同米良忠治、同米良郁子の本件抗告をいずれも棄却する。

三、抗告費用は主文第一項掲記の抗告人らとその相手方らとの間に生じたものは、その相手方らの負担とし、主文第二項掲記の抗告人らとその相手方らとの間に生じたものは、同抗告人らの負担とする。

理由

抗告人らは、「原決定のうち、抗告人らに関する部分を取消す。東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第八九六四号事件について抗告人らに対し訴訟上の救助を付与する。」との裁判を求めその理由として別紙のとおり主張した。

当裁判所は、当審においてあらたに提出された資料をも参酌して、次のとおり判断する。

一、抗告人らは、いずれも小児とその父母であるが、抗告人ら六家族が外二四家族と共に提起した本案訴訟(東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第八九六四号事件)は、未熟児として出生した右小児らが相手方病院の保育器に収容されていた間に、必要以上の酸素の供給を受けたため失明もしくはほぼ失明に近い程度に視力を失つた(いわゆる未熟児網膜症)として、相手方病院及び相手方国に対してその損害の賠償を請求しているものであつて、本件記録によれば本症が医学上なお解明を要する多くの問題点を含む特殊性を有するものであることがうかがえるとはいえ、右訴訟が勝訴の見込みがない場合にはあたらないと認められる。

二、そこで、次に抗告人らが民訴法一一八条にいう「訴訟費用を支払う資力なき者」に該当するか否かについて判断する。

(1)  右にいう訴訟費用を支払う資力がないとは訴訟費用を支弁するときは自己及び家族に必要な経済生活を害する状態に落ち込むことをいうと解されるから、右資力の認定にあたつては、具体的には申立人とその家族の家庭生活の維持のため欠くことのできない必要経費額及び予想される訴訟費用額と収入との対比によつて判断すべきである(なお、この場合に予想される訴訟費用額を考慮するにあたつては、民訴法一二〇条所定の訴訟上の救助の対象となる裁判費用に限定して考えるべきではなく、民訴費用法所定の訴訟費用(すなわち右の裁判費用の外にいわゆる当事者費用をも含む)や、さらには具体的事件に応じ訴訟追行上必要不可欠とみられる訴訟のための必要経費をも含めて考慮されなければならない。)。

ところで、右資力の有無は原則として申立人本人について個々的に判断されるべきではあるが、申立人が未成年者である場合、あるいは無収入の妻である場合等については、特段の事情のない限りそれら申立人と同一世帯に属し、かつ申立人の訴訟追行につき直接かつ一体となつて経済的利害関係を有する者といいうる父であり、かつ夫である者の資力を申立人の資力に加味して判断すべきである。これを本件についていえば、本件本案訴訟が未熟児網膜症の未成年者とその父及び母が各々その財産上、精神上の損害の賠償を求めるものであるから、未成年者についてはその父母の、無収入の妻についてはその夫の資力をもつて判断することになり、結局は本件申立人らの各世帯の収入をもつてその資力の認定をなすべきことになる。

(2)  そこで、以上の観点から本件記録を検討する。

(イ)  総理府統計局発行の昭和四九年度家計調査年報によると、関東地方の一世帯(世帯人員三・八三人)当りの年平均一カ月の実収入は二一万三、三四四円、実支出は一六万七、二四八円である(抗告人らを含む本件申立人らの住所は関東地方に分布している。)。これを年間に引直すと実収入は二五六万〇一二八円、実支出は二〇〇万六、九七六円となる。

(ロ)  本件本案訴訟が訴額も大きくその基礎事実について医学上なお解明を要する多くの問題点を含む特殊性を有し、その因果関係及び被告らの帰責事由等についてその立証活動に科学的専門的な諸資料が必要とされる結果、本来の訴訟費用が相当高額になることが予想されるのみならずそれに伴う調査研究費等諸々の経費が相当の程度必要とされ、これらは訴訟追行上必要不可欠とみられる訴訟のための必要経費と認められ、これらを抗告人らを含む本件申立人らにおいて負担しなければならないことが推測できる。

(ハ)  又一方ほとんど全盲の未熟児網膜症の小児をかかえた抗告人らの各家庭が、その介護養育のため特別の支出を要するであろうことは容易に推測できるところであるから、これらを平均的世帯の通常の支出以外に要する支出として考慮するのが相当である。

(ニ)  以上の諸点を総合して結論づけると、当裁判所は右資力の認定にあたり、原決定と同様に抗告人らのその生計をともにする家族一世帯の年収がほぼ三〇〇万円に達しているか否かを一応の基準として判断し、家族構成及びその世帯の経済上の特殊事情等によつて、仮に年収が三〇〇万円以上あつても実質的にはそれ以下の経済状態にあると認められる等の特段の事情が認められる場合にそれらを考慮して実質的公平を図るよう判断するのが相当と思料する。

(ホ)  そこで、以下抗告人ら各世帯の資力につき個々に検討する。

1 抗告人染谷さとみ、同染谷平三郎、同染谷澄子の世帯についてみるに、世帯人員は五人で、平三郎の収入以外に収入はない。そして平三郎の年収は昭和四九年度においては三八二万二、六四五円であつたが、昭和五〇年度には二八六万八九六〇円に減少して前記基準額に達しなくなつていることが認められる。

2 抗告人友田英子、同友田城太郎、同友田昭子の世帯についてみるに、世帯人員は五人で城太郎の収入以外に収入はない。そして城太郎の年収は昭和四九年度において四一一万四、六〇六円であつた。そして右収入のうちから毎月二万円宛を英子の祖父に送金して扶養している事実が認められる以外他に特段の事情も認められず、無資力者とは認められない。

3 抗告人二宮裕子、同二宮一郎、同二宮幸子の世帯についてみるに、世帯人員は七人で、一郎の収入以外に収入はない。そして一郎の年収は昭和四九年度において四二二万七、一一〇円であつた。しかしながら裕子は未熟児網膜症による全盲であるだけでなく脳性麻痺による四肢痙性麻痺により歩行が全く困難な状況にあるため母親の幸子が自家用車を運転して都立八王子盲唖学校へ通学させていることが認められ、そのため自家用車の維持費、燃料代等に年間四五万余円を要すること、又他に扶養しうる親族がないため幸子の父母を同居させて扶養し、かつ一郎の母に対し一郎の扶養義務負担分として年間四四万円送金して扶養している等の事実が認められ、結局右収入は前記基準額を大幅に超えているとはいえ、右諸事情に照し考慮すると、実質的には本件本案訴訟の訴訟費用や必要訴訟経費を充分支払うまでの余剰が存するとは認められず、従つて無資力者と認めるべきである。

4 抗告人林千里、同林和夫、同林富美子の世帯についてみるに、世帯人員は六人で、専業農家として田(米作)一二八アール、畑(落花生栽培)六九アールを耕作して収入を得ている以外収入はない。林和夫作成の報告書によれば、米作から年間約一五〇万円、畑作から年間約四六万円の粗収益がある旨の記載があるところ、農林省農林経済局統計情報部発行の昭和四八年産農産物生産費調査報告「米及び麦類の生産費」(昭和四九年一二月発行)及び「工芸農作物等の生産費」(昭和五〇年二月発行)によれば、関東地方における水稲の一〇アール当りの年間粗収益は八万四、八五三円であり、一二八アールに換算すれば約一〇八万六、〇〇〇円となり、又一方千葉県下の落花生の一〇アール当りの年間粗収益は六万五、六八三円であり、六九アールに換算すれば約四五万三、〇〇〇円となるので、右報告書の記載はほぼ客観性を有するものと認められる。そうとすれば右抗告人らの世帯の年収は、農家であることを考慮しても前記基準額に達していないものと認められる。

5 抗告人米良律子、同米良忠治、同米良郁子の世帯についてみるに、世帯人員は五人で、忠治の収入以外に収入はない。そして忠治の年収は昭和四九年度において四三二万九、七〇三円であつた。ところで米良忠治作成の報告書、その他右抗告人ら関係疏明資料によれば、郁子の母三浦よしの(七一才)が昭和五一年五月三一日変形性脊椎症等で入院し、忠治、郁子らにおいて同年六月一日から同月一〇日までの付添費用等六万四、九四〇円及び同年五月三一日から同年六月一〇日までの病室差額代等二万六、八〇〇円の合計九万一、七四〇円を支払つたことが認められるのであるが、他に右入院期間が今後どの程度継続するのか、又その場合右費用を郁子らにおいて全額負担すべき理由、すなわち他に扶養義務者等の存在するや否や等につき何ら疏明がない。従つて当裁判所としては、郁子らにおいて、三浦よしのの右入院によつて、かなりの程度の経済的負担を負うことは推測しうるものの、前記基準額を大幅に超えている収入を得ている抗告人ら世帯については、右三浦よしのの入院による経済的負担の事情を考慮しても、なお無資力者とは認めがたいといわざるをえない。

6 抗告人内田麻子、同内田耕介、同内田恭子の世帯についてみるに、世帯人員は四人で、耕介の収入以外に収入はない。そして耕介の年収は昭和四九年度においては三三〇万円であつたが、昭和五〇年度には三〇〇万円に減少していることが認められる。従つて前記基準額に達していると一応いえなくはないが、その家族構成等に照らして判断すると実質的には本件本案訴訟の訴訟費用や必要訴訟経費を充分支払うまでの余剰が存するとは認められず、従つて無資力者と認めるべきである。

三、よつて、抗告人染谷さとみ、同染谷平三郎、同染谷澄子、同二宮裕子、同二宮一郎、同二宮幸子、同林千里、同林和夫、同林富美子、同内田麻子、同内田耕介、同内田恭子らについては原決定を取消し、訴訟上の救助を付与することとし、その余の抗告人らについては、本件抗告はいずれも理由がないのでこれを棄却し、抗告費用の負担につき民訴法八九条、九三条、九五条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 瀬戸正二 小堀勇 小川克介)

(別紙)抗告の理由

一、原決定は、訴訟上の救助を付与するための要件としての「資力」の認定にあたつて申立人らとその生計をともにする家族一世帯の年収がほぼ三〇〇万円に達しているか否かを一応の基準にして判断すべきものとし、個々の申立人について検討し、本件抗告人らの場合には年収が右三〇〇万円を超えているとしてその申立を却下している。

二、ところで、原決定は関東地方における平均世帯の年間収入を二、五六〇、一二八円としている。従つて原決定を分析すると、結局右金二、五六〇、一二八円と三〇〇万円との差額四三九、八七二円が訴訟追行に必要な研究調査費用等と介護費その他の特別の支出費であるとしているのである。

三(一)、しかし、原決定も認めるとおり、本件事案はきわめて特殊な訴訟であり、医学的、科学的な資料証拠が必要とされるものである。そして抗告人ら及びその訴訟代理人らはその医学知識について全く素人であり、その収集にあたつては莫大な費用を要するものである。一例をあげるならば、外国での事例の研究調査(外国へ行き調査)、翻訳が必要であることは、サリドマイド訴訟、スモン訴訟等で見られるとおり公知の事実である。又訴訟追行にあたつての書類作成費用、謄写費用等も莫大なものとなる。

(二)、又本件抗告人らは全盲であり、その介護費用及び特別な費用は大きなものがある。右訴訟追行費用及び介護費用等を合わせるならば、年間四三九、八七二円では全く不充分であることは明らかである。

従つて原決定において却下された抗告外申立人石井久子らの場合はともかく、抗告人らについては、訴訟救助の申立が却下されることは不当である。

四、抗告人らの経済事情は以下のとおりである。

(1)  染谷さとみ、平三郎、澄子

染谷平三郎は、気罐士として勤務しているが、昭和四八年度の総収入金額は、金二、六〇一、一八五円、昭和四九年度は、金三、八二二、六四五円、昭和五〇年度は、金二、八六八、九六〇円であつた(所得証明書参照)。原決定にさいしては、疏明資料として、このうち昭和四九年度のものしか提出しえなかつたため、年収三〇〇万円をこえるものと認定されたようである。しかし、平三郎の報告書にあるように、昭和四九年度は、たまたま好況のため残業手当・ボーナスが多かつたにすぎない。同人の普段の年収が金三〇〇万円をこえないことは明らかである。

(2)  友田英子、城太郎、昭子

小学二年生の英子も含め、三人の子供(中学一年、小学一年)を通学させねばならないうえに、城太郎の両親(父七二歳、母六八歳)も養わねばならず、年収が約金四〇〇万円あるとはいえ、大変苦しいのが実情である。

(3)  二宮裕子、一郎、幸子

裕子が、全盲のうえ脳性麻痺のため、自家用車で幸子が通学させねばならず、その車の維持費が、年間金四五七、〇〇〇円必要である。

幸子の両親(父六八歳、母六四歳)、一郎の母(六九歳)を養わねばならず、その為年間約金九二万円かかる(住民票参照)。

したがつて、通常の家庭に比べ、約金一四〇万円ほど余分の出費があり、生活は苦しい。

(4)  林千里、和夫、富美子

水田一二八アールと、畑六九アールから得られる収入は、農林省農林経済局の総計(昭和四八年度)によつて計算してみても、金二〇〇万円をこえない。即ち、「米及び麦類の生産費」によれば、関東地方の一〇アールあたりの粗収益は、金八四、八五三円であり、一二八アールに換算すれば約金一、〇八六、〇〇〇円である。また、「工芸農作物等の生産費」によれば、千葉県下の落下生の一〇アールあたりの粗収益は、金六五、六八三円であり、六九アールに換算すれば、約金四五三、〇〇〇円である。

裏作を行えば、収入は増えるのであるが、障害児(千里)の世話をするために、どうしても母富美子の時間が制約されているため、裏作はできない。

原決定が、中規模の農業経営と認定し、年収を金三〇〇万円以上であるかの如き判断をしていることは、以上の資料からも理解に苦しむところである。

(5)  米良律子、忠治、郁子

郁子の父(七六歳)を養わねばならず、そのうえ同人の母(七一歳・よしの)が、昭和五一年五月から「変形性脊椎症」等で入院し、その付添看護もしなければならない。治療費は無料だとはいえ、そのため母の入院費だけで月額金二一三、〇〇〇円が必要であり、当分の間、年間金二、五五六、〇〇〇円の出費を余儀なくされる、忠治の総収入からこの分をさし引けば、年収が金三〇〇万円をこさないことは明らかである。

(6)  内田麻子、耕介、恭子

昭和五〇年度の収入は、金三〇〇万円ちようどであり、原決定が資料とした、昭和四九年度の収入より金三〇万円減額している。これに物価上昇本年一月の長男将史誕生等を考慮に入れれば、生活は決して楽ではない。

以上の理由で、抗告人らには、いずれも「訴訟費用を支払う資力がない」ことは明らかであり、訴訟上の救助を付与されるよう、強く望むものである。

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